京都大学放射線生物研究センター

沿革

昭和37年 2月
日本学術会議原子力特別委員会放射線影響部会が長期計画小委員会を発足させ、放射線影響研究の将来計画の検討を開始。
昭和41年 5月
日本放射線影響学会に放射線影響研究に関する将来計画検討委員会が発足。
昭和43年 11月
日本学術会議が放射線障害基礎研究所の設立案を含む「放射線影響研究の推進について」を政府に勧告。
昭和43年 11月
日本学術会議原子力特別委員会の下に放射線影響研究推進小委員会設置。
昭和43年 12月
放射線影響研究推進小委員会に第1、第2、第3専門委員会設置。第2専門委員会で放射線障害基礎研究所設立を検討。
昭和45年 12月
放射線障害基礎研究所設立準備委員会発足。
昭和46年 4月
放射線障害基礎研究所を京都大学附置の共同利用研究所として概算要求。
昭和51年 5月
全国共同利用施設「京都大学放射線生物研究センター」設立。放射線システム生物学研究部門及び事務部設置。菅原努教授が初代センター長に就任。
昭和51年 10月
放射線生物研究連絡会議発足。
昭和52年 1月
放生研ニュース創刊。
昭和52年 4月
核酸修復客員研究部門を設置。
昭和52年 6月
放射線生物研究センター将来計画専門委員会発足。
昭和52年 10月
放射線生物研究センター共同利用専門委員会発足。
昭和53年 4月
突然変異機構研究部門を設置。
昭和54年 11月
日本学術会議放射線影響研究連絡会に将来計画検討小委員会が発足。
昭和55年 4月
鳥塚莞爾教授が第2代センター長に就任。
昭和55年 5月
日本学術会議が「放射線影響研究における研究・教育体制の整備について」の要望書を政府に提出。
昭和58年 4月
晩発効果研究部門を設置。
昭和58年 11月
日本学術会議が放射線生物研究センターの拡充案を含む「大学関係を中心とした原子力基礎研究ならびに放射線影響研究の推進について」を政府に勧告。
昭和59年 11月
センター研究棟第一期工事竣工。
昭和61年 4月
武部啓教授が第3代センター長に就任。
昭和62年 4月
放射線類似作用客員研究部門を設置。
昭和63年 4月
岡田重文教授が第4代センター長に就任。
平成元年 4月
武部啓教授が第5代センター長に就任。
平成 5年 4月
佐々木正夫教授が第6代センター長に就任。
平成 5年 5月
自己点検・評価委員会発足。
平成 6年 3月
研究棟増築工事竣工。
平成 9年 4月
池永満夫教授が第7代センター長に就任。
平成11年 4月
丹羽太貫教授が第8代センター長に就任。
平成13年 4月
ゲノム動態研究部門を設置。
平成15年 4月
小松賢志教授が第9代センター長に就任。
平成21年 4月
松本智裕教授が第10代センター長に就任。
平成25年 4月
高田穣教授が第11代センター長に就任。
平成28年 4月
共同利用・共同研究拠点に再認定。
平成30年 4月
京都大学大学院生命科学研究科と組織統合し、京都大学大学院生命科学研究科附属放射線生物研究センターに改名。放射線ストレス応耐性研究部門と染色体継承機能研究部門を設置。
平成31年 4月
原田浩教授が第12代センター長に就任。