京都大学放射線生物研究センター

長期汚染地域の住民のための放射線防護の実用的手引き

平成23年3月11日午後14時46分に東北地方の太平洋側は未曾有の大地震(東日本大震災M9.0)に襲われた。一説によると869年の貞観地震以来の大地震である。貞観地震では、大津波が仙台平野の海岸から3.5キロ・メートル離れた地点まで達したとされているが、今回は、それを上回る津波により被害が拡大した。さらに、1100年前にはなかった近代科学の粋である原子力発電所の事故がこの災害に追い打ちをかけている。東京電力福島第一原子力発電所は、地震の発生とともに揺れを検知してすべて自動停止した。しかし、夜10時には2号機の原子炉内の水位の異常が顕在化して、半径3キロ・メートル以内の住民に「避難」指示が出された。その後、12日は1号機、13日は3号機、そして15日には4号機までもが建屋内で水素爆発を起こした。これに伴い、避難地域も10キロ、20キロと拡大していた。世界中の人々が固唾を飲んで見守り、多くの国民が何か手助けができないかと真剣に考えたときである。そのような状況で、放射線生物学を専門としてきた訳者は、避難地域を抱える南相馬市の市役所の知人、大谷和夫氏(南相馬市市長公室長)にこの本を紹介する機会があった。その際に、日本語訳を求められたのが、和訳に踏み切った理由である。

この冊子は、チェルノブィル原子力発電所の事故(1985年4月)後の高濃度汚染地域に住む注民や医療関係者の現実的対応、そしてその他の関係者の教育目的のために作成されたものである。福島原子力発電所事故の汚染の規模はヨード131換算でチェルノブィル原子力発電所事故のおよそ十分の一と見なされているが、この二つの事故は過去の類似の事故に比べて突出している。また、チェルノブィルから200キロ・メートル以上離れたモギリョフ周辺が高濃度に汚染されたように、原子力発電所から40キロ・メートル離れた飯舘村でも高い放射能が検出されているなどの類似点がある。何よりも、南相馬市、双葉郡や飯舘村を含む地域の15万人以上の人々は、少なくとも今後数十年間は常に放射能を気にかけながら生活しなければならない。その意味でチェルノブィル事故をきっかけに作成された本冊子が参考になると思う。しかし、農業国のベラルーシなどの汚染地域と違って、我が国は商品経済が高度に発達しており、地元産の食糧よりもスーパーマーケットで入手する事が多いと思われる。また、ベリー類やイノシシに代わって、野山で取れたワラビなどの山菜や相馬沖の新鮮な魚介類が好まれるかも知れない。本冊子をチェルノブィル版とすれば、一刻も早く、現地に対応した福島版が作成されることを心から願う。

翻訳に際して、放生研ニュースレターの編集メンバー(小林純也、加藤晃弘、島田幹男)に協力を依頼した。全員が、主旨を理解して、研究の貴重な時間をこのボランテア事業に快く割いてくれた。その結果、放生研ニュースレターの増刊号としてここに発刊できた。また、翻訳の許可をとりついでくれた丹羽太貫・京都大学名誉教授、そして翻訳の許可を無償で与えてくれたJ.ローカード博士(フランス原子力防護評価研究所)に感謝申し上げます。また、本冊子の作成には、中村典博士(放射線影響研究所)、田内広教授(茨城大学)、鈴木啓司准教授(長崎大学)および京都大学放射線生物研究センターの協力を頂いた。ここに皆様に深く感謝を申し上げます。

平成23年5月31日
小松賢志(京都大学放射線生物研究センター)

長期汚染地域の住民のための放射線防護の実用的手引き(PDF)